【中学受験、父と息子の365日戦記】第25話|1月度④ 親子で挑む最後の戦い

第三志望校の入試を終えた翌25日。
息子、妻、私の三人で、改めて話し合いの場を設けた。
テーマはただ一つ――「最後の一週間、私は息子とどう関わるのか」。
前日の時点で、私なりに何度も考えてはいたが、結論は出なかった。
私が学習計画を立て、それに沿って勉強させるべきか。
それとも息子に任せ、私は見守るべきか。
もし私が計画を立てるなら、このところ調子を落とし気味の算数、特に苦手な図形問題を中心に組み立て、弱点補強によって精神的に落ち着ける状況を作るだろう。
だが、現実的に見て、残り一週間で実力を上積みすることはできない。
ここまで来れば、合否は「当日、どこまで自分の力を出し切れるか」で決まる。
極端な話、全く勉強しなかったとしても、日中遊んでいたとしても、大きな差は生じないかもしれない。
その一方で、
「日々の過ごし方次第で数点の差は生まれる。その数点で合否が分かれるかもしれない」
とも思えてしまい、考えは堂々巡りをしていた。
息子の答えは、意外にもはっきりしていた。
「お父さんには、見守っていてほしい」
その言葉を聞いた瞬間、迷いは消えた。
勉強に関しては口出しをせず、見守るしかない。
最後は、父親としての覚悟を問われているのだと感じた。
息子には
「最後の最後まで、YouTube、ゲーム、ネット遊びはしない。特に夜中のネット遊びは絶対にしない」
と約束させ、私は
「勉強への口出しはしない」
と約束した。
翌日から、息子なりの自習が再開された。
集中が続かない日もあるようだったが、妻の話では
「何をやっていたのかは分からないけれど、机には向かっている」
とのことだった。
私が会社から帰宅するころには勉強を終え、ニュース番組、特に息子の好きな選挙報道を見ていることが多い。
そのため、私が直接見ることはなく、様子はもっぱら妻からの報告で知ることになる。
日中、自分なりに頑張っている反動なのだろう。
夕食後にまで勉強する余力はなく、就寝までの時間はNHKを見ながらのんびり過ごしていた。
本当はYouTubeやバラエティ番組を見たいのだろうが、さすがに言い出せず、
「退屈だ」「やることがない」
と部屋の中をぐるぐる歩き回ることが増えた。
私も「落ち着けよ」と言いかけたが、息子なりのストレス対処なのかもしれないと思い、口をつぐんだ。
この頃、私は連日の胃痛に悩まされ、胃薬が手放せなくなっていた。
仕事のピークはすでに過ぎており、明らかに仕事由来のストレスではない。
中学受験の最終段階に入ったこと、そして何より、息子を黙って見守ることそのものが、大きな負担になっているのだろう。
十年以上前、人生を賭けて税理士試験に挑んでいた頃も、同じように胃薬を手放せなかった。
あの頃は自分自身が戦っていた分、まだ気が楽だったのかもしれない。
今は息子が戦っている。
ストレスの質が、根本的に違う。
週の途中で第三志望校の合格発表があり、気持ちは随分と軽くなった。
それでも、胃の調子が良くなる気配はなかった。
一方の息子は、毎週末の入試と毎日の自習にすっかり飽きてきたようで、
「退屈だ。早く受験が終わってほしい」
と口にするようになった。
第三志望校の合格で気持ちが楽になったのかと尋ねると、
「第一志望校に合格したい気持ちは揺らがない。第三志望校の合格は正直どうでもいい」
と即答した。
妻が
「それだけ志望しているなら、退屈だなんて言わずに勉強したら?」
と言うと、
「分かってる!でも、もう疲れた!」
と声を荒げた。
浜学園の授業は十日以上前に終了し、小学校も受験に専念するため休んでいる。
変化がなく、新しい知識もなく、勉強の手応えも感じられない。
そこから娯楽だけを封じられた毎日に、息子は限界を感じているようだった。
そして、入試を二日後に控えた1月29日の夜。
息子はついに、ゲームに手を出してしまった。
この日は、NHKが衆議院選挙のボートマッチを公開していた。
社会は苦手だが公民分野は好きで、選挙に強い関心を持っている息子のため、iPadを貸していたのだ。
最初は選挙関連のニュースを読んでいたが、私が入浴している隙にゲームサイトを開き、小一時間遊んでいた。
私は激怒した。
いや、怒りよりも、失望と言った方が正確だった。
ここまで二週間近く、ゲームを封印し、入試に向けて集中力を高めてきた。
我慢を重ね、全精力を注いできた。
それを、たった一日で壊してしまうのか。
強く志望している学校の入試より、目の前のゲームを選んでしまうのか。
なぜ、あと二日が我慢できないのか。
そして、怒りの矛先は私自身にも向かった。
なぜ、直前期に守りを緩めてしまったのか。
なぜ、ゲームに支配された息子の脳を信じてしまったのか。
激しい後悔だった。
息子がゲームを始めると、性格は攻撃的になり、勉強への集中力は著しく落ちる。
一方で、距離を置けば置くほど集中力は高まり、成績は安定する。
これは浜学園の公開学力テストや日々の復習テストで、何度も確認してきた事実である。
だが、これは息子の性質なのだ。
起きてしまったことを悔やむより、残りの時間をどう使うかを考える方が建設的だ。
幸い、遊んだのは短時間で、夜中ではなかった。
私は息子にこう伝えた。
「脳がダメージを受けたのは間違いない。でも、残り一日でどう回復させて、本番のパフォーマンスを最大化するかを考えろ」
翌日は入試前日だった。
普段より一時間ほど寝坊したようだが、算数を中心に過去問や残していた問題を丁寧に解き直していた。
夜は、私と立体四目で遊んだ。
遊びではあるが、空間認識力と論理的思考力を刺激するためのものだ。
入試に向け、脳のパフォーマンスを引き上げる意図があった。
この日の私は妙に冴えを感じ、勝ちパターンの閃きもあったが、結果は三戦三敗。
感想戦で
「勝てるタイミングがあったよね。見逃したの?」
と私が言うと、
「あれは長期戦をやってみたくて、わざと見送った」
と余裕の返答だった。
その夜、息子は普段より二時間以上早く床に就いた。
緊張から一時間半ほど眠れなかったようだが、最終的には熟睡できたという。
一方の私は、浅い眠りのまま何度も目を覚ました。
そして本番当日。試験開始一時間前、試験会場近くの寺へ向かった。
浜学園による最後の激励会が行われ、各教科の直前アドバイス、そして和尚様による読経と合格祈願が続いた。
凍えるような寒さの中での読経に感謝していると、息子は
「いつも聞いているお経とは違うね」
と軽く言った。
緊張は感じられなかった。
最後に
「ベストを尽くそう」
とグータッチして、息子を送り出した。
親として、やれることはすべてやった。
今日はベストコンディションで送り出せた。
ここまで来たのだ。
もし不合格だったとしても、この学校には縁がなかった、息子には向いていなかった――
心から、そう思えた。
(続く)
※この物語は随時更新しています。次回は2月10日頃公開予定です
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