【中学受験、父と息子の365日戦記】第17話|11月度前編 エンジンがかかるとき

10月の合否判定テストが返ってきた。
国語も算数も、夏のあの勢いはなかった。
特に算数は“落ちるべきところを落としている”という印象で、
4科総合も、夏に驚くほどの成績を叩き出した頃の姿には至っていなかった。
正直、私は複雑だった。
あの夏、「本当にうちの子か」と目を疑うほどの成績を見てしまったがゆえに、落差が際立って見えるのだろう。
しかし、そこで息子に直接伝えるのは避けた。妻を通じて、あくまで静かに伝えてもらった。
「このままでは第1志望校は厳しい。でも、今から戻せば十分間に合うよ」
息子はそれを聞いてふて寝をしたらしい。耳が痛かったのだろう。
でも、その日の夕方、何事もなかったように机に向かい始めた。
――火が完全に消えたわけではない。
それだけで救われた気がした。
11月に入り、私は「勉強しなさい」と言うのを意識的にやめた。
言えば言うほど逆効果になるのは、もう分かっていたからだ。
そんな折、妻からこんな話を聞いた。
「入試まで3か月を切って、一番焦ってるのは僕なんだって」
息子は焦っていないように見える。
けれど、実際は心の中で焦燥を抱えていた。
その気持ちを思うと、私はどこか胸が痛んだ。
なぜ動かないのか。
焦っているなら、なぜ机に向かえないのか。
しかし、その感覚には覚えがある。
分かっていても動けないのは、子どもだけでなく、大人にも共通するものだ。
だから私は、ただ方向性だけを静かに示した。
夏にできていた“あの量”を思い出すように。
取り戻せば、まだ間に合うということが伝わるように。
息子は黙って聞いていた。
やる気がないわけではない。
覚悟に時間がかかるだけだ。
案の定、その日は昼寝をしていた。
私は変に落ち込むこともなく、それを受け止めた。
人はそんなに簡単にスイッチが切り替わらない。
11月度公開学力テストの前夜、またしてもスマホを触っているのを見つけた。
怒鳴りたい気持ちを飲み込み、
「睡眠不足はテスト時のパフォーマンスを下げるよ」
とだけ伝えた。
翌朝、珍しく目覚まし時計で自分から起きてきた。
私が軽く勧めた国語の問題を素直に解き、落ち着いた表情で家を出ていった。
試験後の自己採点は、
国語も算数も“夏の手応え”がわずかに戻りつつあることを示していた。
理科は生物の弱さがそのまま点数に出ていたが、逆に言えば、対策すべき場所がはっきりしたということでもある。
社会は相変わらずだ。
公民は得意だが、第1志望校では出題されない。
歴史と地理は必須なのに弱い。
ちぐはぐなのは分かっている。
それでも私は、入試のためだけの勉強を押しつけたくないとも思っていた。
その日の夜、息子は自分のノートを開き、
「受験まで、やらないことリストを作る」
と言い出した。
そこに書かれていたのは2つ。
- YouTubeは月3時間まで
- 好きな番組は“今週分だけ”
ゼロにしないのが息子らしい。
完全に断つのではなく、適度に楽しみを残して制限する。
そのバランス感覚に、私はむしろ安心した。
そして驚いたことに、翌日も長い時間机に向かっていた。
姿勢はまだ不安定だし、集中力も波がある。
それでも確かに、エンジンがかかり始めていた。
公開学力テストの結果が返ってきたのは数日後のことだった。
国語と算数は再び偏差値60を超えてきた。
理科は生物が足を引っ張り、苦手の社会は平均点を下回った。
4科総合は56。
数値だけを見れば、夏には遠い。
けれど私は安心した。
国語と算数が戻ってきている。
理科は生物だけを手当てすれば良い。
社会は基礎を固めれば、夏ほどではないにせよ伸びる余地は大きい。
完璧な状態よりも、課題が明確である方が伸びしろは大きい。
その日の夜、家族三人で自然と“役割分担”が生まれた。
私は教科の分析と方向づけ。
妻は社会の一問一答を、毎晩息子と一緒に。
息子は自分で定めた制限を守り、静かに机に向かう。
誰かが急に変わったわけではない。
それでも、家族の歯車が再び同じ方向を向いた瞬間を、私ははっきりと感じた。
息子は言う。
「合格したい」
その言葉に偽りはないだろう。
ただ、心と行動が一致するには時間がかかる。
誰だってそうだ。
そして、エンジンがかかる瞬間は意外なほど静かだ。
派手な決意も、大げさな宣言もない。
ただ、机に向かい、問題集を開き、少しずつ“戻っていく”だけ。
私はその光景を見ながら、思った。
――またここからだ。
まだ間に合う。
そして何より、本人の足で前に進み始めた。
その事実だけで、私は十分だった。
(続く)
※この物語は随時更新しています。次話はこちら → 第18話
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