【中学受験、父と息子の365日戦記】第15話|10月度前編 静かな諦念、そして再びの覚悟

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9月の終わり、私は久しぶりに腹を立てていた。
国語の宿題を確認したら、やるべき課題のうち「最低限の一題」しか手をつけていなかったのだ。
「最低限でもいい」と塾は言う。だがそれは、日曜特訓(日特)の宿題を抱える子への配慮だ。
日特の宿題を一切やっていない息子が、“最低限”しかやらないのでは、練習量が圧倒的に足りない。

頭では分かっていた。
「見守る」と決めたのは私自身。
それなのに、いざ現実を前にすると、言葉が出てしまう。
「それじゃ足りない」「もっとやれるだろう」
口に出せば出すほど、息子は顔を曇らせ、やる気を失っていく。
結局、私の方が試されているのかもしれない――親の忍耐力を。

10月に入り、気持ちを切り替えようと思った。
受験に合格ラインはあっても、人生に合格はない。
中学受験がすべてではないし、遊びたい年頃に机に向かっているだけで立派なことだ。
ゲームもYouTubeも我慢している。その事実だけで、褒めていいのかもしれない。

そう思っていた矢先、結果が返ってきた。
9月末に受けたNTTチャレンジテスト。
400点満点中、260点で金賞合格――その「ぎりぎり」で息子は踏みとどまっていた。
試験直後に「今回は自信がない」と肩を落としていたから、私も胸をなでおろした。

ただ、現実は厳しかった。
理科と社会は伸び悩み、得意の算数でなんとか持ちこたえた形。
その算数も、最近は波がある。
10月の公開学力テストでは好調だった9月から一転し、今回は失速。
難問ではなく、むしろ「できるはずの問題」をいくつも落としていた。

本人が「手応えあり」と言っていた国語は、ふたを開けてみればいつも水準。
理科は思ったより良かったが、社会は平均点を下回った。
4科の合計では、久しぶりに“B判定”に転落していた。

成績表を見た瞬間、あれほど穏やかでいようと決めた心が、また波立った。
「やはり勉強時間が足りないのではないか」
「自分が本気で指導すれば、もっと上がるのではないか」
そんな考えが一瞬よぎる。

けれど、もう分かっている。
私が本気になっても、息子の心は動かない。
合格を目指しているのは息子であって、私ではない。
本当に合格したいのなら、本人が本気で勉強すべきだ。
親が本気になって“勉強させる”ものではない。

塾帰りの電車の中で、同級生と笑いながら話している息子の姿を、駅で見かけた。
楽しそうだった。
その笑顔を見て、私は思った。

「第一志望の合格よりも、この笑顔の方が、ずっと価値があるかもしれない」

それでも、試験の日は近づいている。
この笑顔がいつまで続くのか分からない。
けれど、私はもう、焦るのはやめた。
息子が立ち止まるなら、私は黙って隣に立つ。
歩き出す時が来たら、その時はまた、黙って背中を押そう。

10月の風が少し冷たくなった夜。
私は再び、自分の中に“静かな覚悟”を取り戻した。

(続く)

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