長い夏休みをとったら、定年退職後の生活が少し見えた
今年の8月は、本業でかなり長い夏休みをとった。
8月1日から6日まで6連休。1日だけ出勤して、そこから16日まで9連休。合わせて15日だから、ほぼ半月である。
別に病気で休んだわけでも、休職していたわけでもない。今年は5月のゴールデンウイークをほぼ返上して休日出勤していたため、その振替休日をまとめて取得したのだ。会社のお偉い方から「GWを返上したのだから、その振替は連休をとること」とのありがたいお言葉もあり、遠慮なく休ませてもらうことにした。
これだけ休みがあれば、家族旅行でもしたい。
実際に企画して、新幹線も宿も予約した。ところが予約した直後、息子の部活の遠征が決まり、旅行はキャンセル。さらに後半の9連休は、息子が6泊7日の合宿へ行くことになった。
では、15日間も何をしていたのか。
売上ゼロの副業である。
AIを使ったソフトを作り、記事を書き、ホームページを改造していた。
15日もあったのに、時間が足りなかった
ソフト開発の顛末はすでに3本も記事を書いているので、ここでは詳しく書かない。
→ChatGPTと商品開発したら、チャットだけが増殖していた
→三国志14をやろうと思ったら、なぜか資格試験向けゲームを作っていた話
→またAIソフトを作ってしまった。今度は5時間でどこまで作れるのか
最初に作った「税務コラムAI」は、初めての経験だったこともあり、完成まで40~50時間ほどかかった。
完成した直後は「こんなものに50時間も使ってしまったのか……」という軽い後悔もあった。
ただ、一つ作ってしまうと、今度は「別のテーマでも作れないか」「次はもっと短時間で作れないか」と次々にやりたいことが出てきた。
最初は「15日も休みがある」と思っていたはずなのに、途中から「休みは15日しかない」という感覚に変わった。
限られた時間なのだから大切に使いたい。そこでソフトの出来について「ここはこれくらいでいい」と妥協したこともあれば、面白そうだけれど今回はやめておこう、と自分でボツにしたアイデアもあった。
15日間の休みを持て余すどころか、やりたいことを減らしていた。
朝6時50分のチョコザップ
連休中は、朝食を食べると近所のチョコザップへ歩いて出かけた。
入るのはだいたい6時40分から7時の間。同じ時間に行くので、顔ぶれもだいたい同じである。
トラックで乗り付けてくる土方のおじさんがいる。小さなポシェットを斜め掛けにしてウォーキングをしている、ちょっと特徴のあるご婦人もいる。夫婦でウォーキングをしている年配の方もいれば、奥ではゴルフの練習をしている人もいる。
だいたい同じ人が、だいたい同じことをしている。
私も同じである。
レッグプレス、チェストプレス、ラットプルダウン。このうち一つを3セットやったら、マッサージチェアに20分座る。
ジムまでは片道20分ほどだが、そのまま帰るのはもったいない。往路か復路、ときには両方で一本か二本向こうの通りまで遠回りして歩数を稼ぐ。
そして家に帰ったら、PCの前に座る。
気づけば昼である。
「あ、こんな時間だ。お昼を食べなきゃ……」
とようやく席を立つ。冷蔵庫にあるもので適当に昼食を作り、食べ終わったらまたPCへ戻る。
15時ごろになると、今度は意識してPCから離れることにした。
作業自体はいくらでも続けられそうなのだが、本業より集中してしまっては何のための休みなのか分からない。そこでYouTubeを見る。
「そのうちやるんじゃないか」と思っているゲーム「三國志14」のチュートリアル動画は、見ていると面白そうではある。
しかし、それ以上に、
「新しいゲームを一から覚えるの、面倒だな……」
という気持ちが勝つ。結局、三國志14は始まらない。
一方、PCでやっている作業は勝手に進んでいく。
夜になっても、まだやっている
もちろん、15日間ずっとそんなことをしていたわけではない。
お盆なので親戚を回り、墓参りもした。親やきょうだいと食事をしたり、喫茶店でお茶をしたりして、普段より長く話す時間も取れた。
PC作業の合間には家事をする。息抜きがてら買い物にも行く。ときどきPCから離れて紙に大量のメモを書き、自分がこれからやりたいことや目標を考えることもあった。
それでも家にいる日は、結局PCへ戻ってくる。
夜くらいは離れようと思うのだが、その日の作業が終わっていないと、翌日へ持ち越すのがなんとなく嫌だった。
だから夜もPCの前に座る。それでも22時には寝る。
Amazon Musicを開いて「睡眠」と検索し、リラックスできそうな音楽を探す。
少しでも安眠を。少しでも長く寝られるように。
そんな願をかけて、イヤホンをつけたまま眠る。
ところが翌朝は、目覚まし時計が鳴る1時間から1時間半も前に目が覚める。そのまま寝られない。
そしてまた、朝が始まる。
これ、10年後の私では?
後半になると、息子は6泊7日の部活合宿へ行ってしまった。
息子はいない。会社にも行かない。
朝になればジムまで歩き、帰ったら自分のやりたいことをする。腹が減れば何か食べ、家事や買い物をして、ときどき人と会う。
そんな生活を何日か続けていた連休の終盤、ふと思った。
これ、10年後くらいの私の生活に近いのではないか。
10年後なら、息子はもう大人である。家を出ているかもしれない。
そして私も、本業を定年退職している。
定年退職後の生活については、これまでも考えたことはあった。
ただ、「そのとき毎日何をしているのか」と聞かれたら、具体的には答えられなかったと思う。
どうにもリアリティがなかった。
ところが今回、気がつけばそれらしい生活をもうやっていた。
しかも15日もあった休みが足りない。
旅行へ行ったわけでも、大金を使って遊んだわけでもない。朝になればいつもの人たちがいるジムへ行き、帰って自分のやりたいことをやる。家事をして、買い物へ行き、ときどき人と会う。それだけで毎日は普通に過ぎていった。
少なくとも「定年したら毎日何をして過ごすのだろう」という世界は、以前よりずっと具体的になった。
ただし、健康面はダメだった
一方で、問題もあった。
連休中、毎日測っていた血圧がかなり高かった。一度も正常値にならず、あまりに高いので途中の数日間は測ること自体をやめてしまった。睡眠時間も短い。
22時には寝ている。それなのに朝は目覚ましより1時間から1時間半も早く目が覚める。
なぜか。
早くPC作業の続きをやりたかったのである。
普段なら朝にやっているストレッチも、
「早く続きをやりたいから、今日はいいか」
と飛ばすことがあった。
毎朝わざわざ遠回りしてジムまで歩き、筋トレまでしているのだから健康的な生活のはずなのだが、血圧は高いし、睡眠時間は短い。
どうも私は15日間、ずっと興奮していたらしい。それでも、楽しかった。
そして、連休の終わりが近づくにつれて妙な気分になってきた。
これは単なる長期休暇だったのだろうか。
この15日間は10年後の自分?
いや、もしかして私はもう引退していたのか?
8月17日
二度目の目覚ましで、寝床から起き上がった。
血圧を測ると108/70、脈拍76。正常値である。
毎朝のルーティンであるストレッチで体をほぐす。
相変わらず腰は少し痛い。
会社へ行く準備をする。
「あれ、あの15日は夢だったのか??」
