AI執筆を1年間続けたら、人間の仕事がどんどん増えていった

2025年8月、もともとは副業事務所の紹介にすぎなかった当サイトを「MKのリアルブログ」へ作り替えた。

その頃から現在まで、ほぼ毎月書き続けている数少ない記事が「中学受験、父と息子の365日戦記」である。息子の中学受験が終わった現在は「東海中高365日戦記」と名前を変え、中学生になった息子の姿を書いている。

このシリーズ、最初の記事と最近の記事を読み比べると、かなり違う。文章の長さも違えば、文体も違う。書いている内容の細かさも違う。
理由はいくつかあるが、大きいのはAIにどこまで文章を書かせるかが、この1年でずいぶん変わったことである。

最初の頃は、ほとんどChatGPTに書かせていた。
現在は、ほとんど私が書いている。

朝、会社の駐車場でメモを書く

365日戦記には元になる記録がある。「息子の受験応援ノート」である。
私は本業の勤務先へマイカーで通勤している。少し早めに会社へ着き、駐車場に車を止める。始業までの20~30分ほど、車内で前日の出来事や、そのとき考えたことを書く。
社内ではない。車内である。

記事を書くときには、このノートから使えそうな出来事や心情を拾い、「エッセンスメモ」という短い文章にしていた。
最初の365日戦記では、このエッセンスメモを大量にChatGPTへ投入していた。

11,138文字をAIへ渡した

第1話から第8話を書いたのは2025年8月だった。
この頃の記事には明確な目的があった。

集客である。

中学受験をしている家庭には、事業をしている人も少なくないだろう。受験を支える父親の姿を記事にすれば、同じような親御さんから共感を得られるかもしれない。
そこからMKに関心を持ってもらい、税務や経営について相談してもらえるかもしれない。そんなことを考えていた。
そこで記事は「3分程度で読める小説風」とした。
日頃から長文メールを平気で送りつけるクセのある私が、3分で読める小説を書くのは難しい。そこで執筆はChatGPTへ任せた。
私が材料を作り、AIが記事にする。
第1話から第8話までに投入したエッセンスメモは、今調べてみると11,138文字あった。
それを全部AIへ渡した。
そして出来上がった8本の記事を読んだ。

短い。

もちろん、最初から「3分で読めるように」と頼んでいるのだから当然である。しかし、なんだか寂しい。
せっかく書いた出来事も、自分の心情も、かなり落ちている。
「あれだけエッセンスメモを書いたのに、これだけ?」

AIの主張は、短時間で読んでもらうためにはこのくらいの文量がよく、MKの心情を入れすぎない方が読者自身を重ねやすい、というものだった。
なるほど。
目的は「中学受験家庭の共感を集めること」である。その目的から考えれば、AIの言うことはもっともだった。
だから反論できない。
ただ一人、静かに不満を募らせた。

夏休み、我慢できなくなる

8月になると、365日戦記はリアルタイム進行になった。
息子も夏休みである。普段とは生活が変わる。当然、勉強にも変化がある。記事にしたい出来事が一気に増えた。
これをまた3分の小説にされてはたまらない。

そこで8月分は4回に分割した。AIへの基本的な指示は変えていない。単純に記事を細かく分けることで、一つ一つの出来事をもう少し詳しく描けるようにした。
描写が細かくなったことには満足できた。
しかし、自分の心情がAIによって薄められることへの不満は残った。

そもそも、このシリーズは本当に集客につながるのだろうか。
実際、365日戦記のアクセス数はほとんどなかった。一方、伸びていたのは「留保利益の税効果」の記事である。

読者を「未来の自分と家族」に変えた

冷静に考えてみた。
365日戦記を読んで、MKに共感してくれる人が現れる。その人がたまたま事業主である。さらに、税務や経営についてMKへ相談したいと思う。

……ずいぶん条件が多い。

その著しく低い確率のために、自分が望んでいない記事を作り続けるぐらいなら、読めば確実に何かを感じる人に向けて書いた方がいい。
未来の自分と家族である。
未来の自分は今の自分とは別人格。ならば、第三者にも分かるように文章を残すことにも意味がある。

こうして365日戦記の目的を、「中学受験家庭から共感を得て集客する記事」から「我が家の中学受験をできるだけリアルに残す記事」へ変更した。
共感を集める役割は、別に「お子様の中学受験を支えているあなたへ」というカテゴリーを作って移した。こちらはAI執筆で全40回。365日戦記とは役割を分けた。

そして365日戦記の方では、エッセンスメモがだんだん長くなった。
やがて「メモ」というより、ほとんどベース原稿になった。
気付けば、文章の大部分を自分で書いていた。

受験直前、ついに自分で全部書く

2025年12月。中学受験はいよいよ直前期に入った。

この頃になると、AIが生成する文章への不満もかなり大きくなっていた。自分の好みではない表現になる。残したいと思っていた出来事が落ちる。
何より、受験直前の自分の心情を、AIが作った「それらしい文章」に置き換えられることに違和感があった。
そこで執筆方法を変えた。

私が原稿を書く。AIは添削だけする。

この頃の「息子の受験応援ノート」を読み返すと、父親である自分自身への決意表明がやたら長い。
受験直前の息子について書いていたはずなのに、いつの間にか「自分はどうあるべきか」を延々と書いている。
中学受験のストレスを、かなりノートにぶつけていたらしい。
それを自分で文章にし、1カ月の出来事を4回ほどに分けて記事にした。
AIに任せていた頃より手間はかかる。しかし、「書きたかったのはこれじゃない」という不満は減った。
ちょうどこの時期、「AIは人間の軍師ではない。頼るべき相手ではない」と考えるようになったことも、自分で書く方向へ進んだ理由の一つだった。

中学受験が終わっても、戦記は続いた

2026年2月、中学受験が終わった。息子は4月から中学生になった。

365日戦記も「東海中高365日戦記」と名前を変えて続いている。
ただし、今は受験期とはずいぶん違う。息子の学校生活や成長を記録しつつ、同じ学校へ子どもを通わせている親御さんに、
「あ~、そういうことあるある(笑)」
と楽しんでもらえればいい。

文章も小説風ではなく、日記に近くなった。
執筆方法は「人間が書いて、AIが添削する」のままである。

ところが、別の記事ではさらに面倒なことを始めた

365日戦記では「人間が執筆→AIが添削」で落ち着いた。

ところが、その後も私はAIを使った執筆方法をいろいろ試している。
最近、体験系の記事で使い始めたのが、

「人間が執筆→編集会議方式」

である。
まず白い紙を用意して、頭に浮かんでいることをひたすら書く。別に記録ノートがある場合は、それも見ながら材料を足していく。

最近の体験系記事は、だいたいここから始まる

そのメモを見ながら、私がラフ原稿を書く。
ラフ原稿ができたらChatGPTへ投入する。しかし、すぐには本文を書かせない。
「この材料のどこが面白いのか」
「どこを中心にすれば記事になるのか」
「面白い記事にするには何が足りないのか」
そんなことをAIと検討する。材料が足りなければAIが質問し、私が答える。ここはAIが強い。
文章表現そのものについては、正直、それほど高く評価していない。面白い表現がポンポン出てくるわけでもない。
しかし、筆者から情報を引き出す能力は著しく高い。

こちらがラフ原稿を書いた段階では忘れていたことや、わざわざ書くほどでもないと思っていた細かな出来事を質問で拾ってくる。その中から、記事のリアリティを支える材料が出てくることがある。方針と材料が固まったら、AIに第1稿を書かせる。

そして、ここからが長い。

AIと3時間、編集会議をする

第1稿を読み、「ここは説明が長い」「この表現はMKっぽくない」「そこを削ったらリアリティがなくなる」「このオチは弱い」と、一つずつAIへ返していく。
ダメ出しだけで済まないことも多い。私自身が「ここはこう書いた方がいいのでは?」と文章を作り、それを原稿へ入れ込ませる。

元々は自分の原稿なのにAIへ文句付けるという変な構図。

ある程度まとまったところで第2稿を出してもらい、また最初から読む。そこでも表現を直し、説明を削り、必要なら事実を足す。早ければ第3稿で終わるが、思い入れの強い記事では第5稿まで続くこともある。
原稿検討だけで3時間以上。
最初の365日戦記では、11,138文字のエッセンスメモを渡してAIに小説を書かせていた人間が、今ではAIの文章を相手に3時間も編集会議をしている。

ただ、この方法には大きなメリットがある。
ラフ原稿を書いた本人には、文章に書いていない背景まで全部見えている。読者には意味が分からないところでも、自分には意味が通じてしまう。
そこへ、自分とは別の読み手としてAIが入る。
しかも、「このとき実際にはどう思った?」「具体的に何が起きた?」と質問までしてくる。
AIに完成原稿を書いてもらうというより、AIを相手に、自分の原稿を何度もひっくり返して見る。
今の体験系記事は、そんな作り方になっている。

そして1年が経った

365日戦記を書き始めた頃は、
人間が材料を作り、AIが書く。
そこから、
人間がベース原稿を書き、AIが編集する。
受験直前には、
人間が書き、AIが添削する。
そして最近の体験系記事では、
人間がラフ原稿を書き、AIと編集会議をして、また人間が直す。

こうして並べてみると、AIを使わなくなったわけではない。むしろ以前より使っている。
ただし、使う場所が変わった。文章を作ってもらうことより、材料を掘り起こしたり、自分では気付けないところを指摘してもらったり、書いたものを一緒に検討したりすることに使う時間が増えた。

そして現在、原稿一本につき編集会議3時間である。