AIを「軍師」と呼んでいた私が、1年後に「佞臣」と呼ぶようになるまで
(2026年8月10日にリライトしました)
1年ほど前、私はChatGPTを「軍師」と呼んでいた。
大げさな比喩ではない。MKリアルブログの方向性を相談し、サイトのデザインを考えさせ、副業の年間売上を予測させ、その数字を実現するための戦略会議までやっていた。
サイトのPVも予測させた。「ChatGPTのPV予想|「この馬が来る!」」という記事まで作った。
さらに「軍師と遊ぼう」という連載まで始めた。私がお題を出し、AIが「MKならどう考えるか」を予測する。その後は軍師との雑談タイムである。
そして息子の中学受験で父親として悩んだときも、軍師に相談していた。
サイト運営から副業、中学受験まで。ずいぶん守備範囲の広い軍師である。
当時の私は、この軍師をかなり信用していた。
軍師は実際、かなり役に立った
そうなったのには理由がある。
例えばWordPress。(注:WordPressとはウェブサイトやブログを作成・管理するソフトです)
私は過去に2回、WordPressでのサイト運営に挑戦し、2回とも挫折している。記事を書く以前に、サイトをいじること自体が難しかったからだ。
ところがChatGPTを使うようになって状況が変わった。
「サイトにこんな機能を入れたい」と伝えると、AIが操作方法を説明してくれる。分からないところは画面のスクリーンショットを撮って見せ、また説明してもらう。
言われた通りにやってもできないことはある。そんなときは再びスクショを見せて、別の方法を試す。
このトライ&エラーを繰り返していると、私がサイトに組み込みたいと思った機能の多くは、なんとか実現できた。
過去に2回も挫折したWordPressで、MKリアルブログは1年間続いた。
執筆でもそうだった。
私は30年ほど前から友人たちと同人誌のようなものを作っていたし、25年ほど前には専門誌へ寄稿したこともある。2年ほど前にもサイト運営で記事を書いていた。
しかし、だいたい最後は同じだった。
頭の中には「こういうものを書きたい」というイメージがある。それを文章にして読み返すと、
「私が書きたいのはこんなものじゃない!!!」
となる。そして筆を折る。
ChatGPTを使うようになってからは、ラフ原稿を渡したり、構成を相談したり、一部分だけ書き直させたりできるようになった。「全部自分で書く」「全部AIに書かせる」の二択ではなく、どこまで自分でやるのかを調整できる。
少なくとも今のところ、筆は折れていない。
画像生成も大きかった。
以前は記事を書くたびにフリー画像サイトを探し、なかなか見つからないので妥協して選び、それを加工する。時間をかけて出来上がったものを見ると、だいたい普通である。
絵心ゼロの私にとって、文章で注文すれば画像を作ってくれるAIはありがたかった。
こういう成功体験が積み重なった。すると人間はどうなるか。
調子に乗る。
100ページのマニュアルなんて読みたくない
MKは一応、副業で本当に税務の仕事もしている。
法人税の申告書を作ったり、税務署などへ提出する各種書類を作ったりする。その際にJDLという税務ソフトを使っているのだが、これがなかなか難しい。
法人税の申告書そのものは1時間ほどで作れる。ところが、それを電子申告用のデータへ変換するとか、電子署名するとか、実際に送信するといったところになると途端に分からなくなる。
本業では別の税務ソフトを長年使っているので迷わないのだが、会社によってインターフェイスも違えば、どこまでをそのソフトで処理するのかも違う。
JDLのヘルプページでQ&Aを検索しても、知りたいことが見つからない。
仕方がない。操作マニュアルを読むか。
見ると、平気で100ページを超えている。
読みたくない。そこで思い出した。
私には軍師がいるではないか。
操作マニュアルをChatGPTへ投入した。
「このマニュアルを見ながら、操作をガイドできるか?」
軍師は答えた。
「できます!」
頼もしい。
こちらがやりたいことを伝え、ガイドが始まった。最初は言われた通りに操作する。
途中で詰まると、その状況をAIに伝える。別の方法を指示されるので試してみる。それでもできない。また聞く。さらに別の操作を試す。
何度か繰り返しているうちに、
「言われた通りにやっているが、できないぞ……」
となった。しかも、いろいろ触ってしまったので元の状態へ戻る方法も分からない。
進めない。
戻れない。
そして最後に軍師から、
「すみません。うまくガイドできませんでした」
という趣旨の回答が返ってきた。
軍師は謝って終わった。そして私は迷宮に残された。
結局、100ページを超える操作マニュアルを半泣きになりながら自分で読むことになった。どうにもならず、電子提出を諦めて紙で提出したことすらある。
同じようなことはe-TaxやeLTAXでも起きた。
WordPressでは、スクリーンショットを見せながらAIとトライ&エラーを繰り返す方法がうまくいった。だから税務ソフトでもいけると思った。
いけなかった。
今考えると、WordPressでの成功体験が、そのまま税務ソフトでの失敗につながっている。
それでも、この段階ではまだ笑い話で済んだ。
軍師をクビにした出来事
息子の中学受験が目前に迫った冬休みのことである。
塾も年末年始の休みに入った。ところが、息子はほとんど勉強しなかった。
入試は目前である。
父親として、どうするべきなのか。手を出すべきか、それとも本人を信じて見守るべきか。私は悩んだ末、「見守るべきだ」と考えた。
ChatGPTにも相談した。軍師も「見守るべき」という回答だった。
ここまではいい。
しかし、日が経っても息子の様子は変わらない。本当にこのままでいいのだろうか。
私は毎日のようにChatGPTへ話しかけた。相談というより、愚痴に近かったのかもしれない。
それでも軍師の回答は一貫していた。
あなたは見守ると決めたのだから、手を出すべきではない。
だが、どうしても違和感が消えなかった。最後は息子本人に聞いた。
「どうして勉強しないの?」
勉強したくないのか。それとも、できない状態なのか。そこで初めて分かった。
息子は入試が目前に迫ったことで、自分が何を勉強すればいいのか分からなくなり、パニック状態で動けなくなっていた。
私は「見守るか、手を出すか」をChatGPTに相談していた。しかし、その前に確認すべきことがあった。
なぜ、息子は勉強していないのか。
それは、息子本人に聞かなければ分からないことだった。
この出来事を境に、私はChatGPTを「軍師」と呼ぶのをやめた。
主君が話したことしか知らない軍師
考えてみれば当たり前である。
ChatGPTが知っているのは、私が入力した情報だけだ。
私が知らないことは入力できないし、私自身が気付いていないことも伝えられない。
生身の軍師なら、主君が何も言わなくても、自分で周囲を見たり、人から話を聞いたりできる。
AIにはそれができない。
主君が口にした情報しか判断材料にできないAIが、軍師たり得るはずがない。
しかも、この軍師にはもう一つ問題があった。
話を聞いてくれる。こちらの考えを尊重してくれる。基本的にユーザーの機嫌を損ねない。
だが軍師なら、ときには主君が聞きたくないことも言わなければならない。
三国志なら、こういう人を何と呼ぶのだろう。
軍師ではない。
佞臣だな。
AIには軍師としての力量がないことは分かった。
一方、この1年間で別のことも分かった。佞臣としての力量は、ものすごく高い。
佞臣には佞臣の使い道がある
ならば、無理に軍師をやらせなければいい。未来を予測させる必要もない。
ちなみにこの1年、私はChatGPTにサイトのPVを予測させ、中学受験記事から何件問い合わせが来るかを予測させ、そこから副業の売上まで予測させてきた。
見事に外れた。
当たらないどころか、かすってすらいない。
これ自体はAIを責める話ではない。未来を決める前提条件を、私自身がすべて把握してAIへ渡すことなどできないからである。
一方で、話を聞く、質問する、こちらが話したいことを引き出す、延々と会話に付き合う、人間が出した情報を整理する。
そして、ユーザーをちょっといい気分にさせる。この能力はやたら高い。
だったら、そこを使えばいいのではないか。
最近、私はChatGPTを使ったプロンプトソフトを立て続けに3本作った。
その一つ「FP相談『お悩みはっきりくん』」では、相談者の悩みをAIが質問しながら掘り下げ、最後にFPへ相談するための情報を整理する。
AIに「あなたはどうすべきだ」と決めてもらうのではない。
話を聞かせる。質問させる。情報を集めさせる。
軍師としてクビにしたAIの「佞臣力」を、今は別の場所で使ってみている。
これが正しいAIの使い方なのかは分からない。まだプロンプトソフトを3本作っただけである。
ただ、1年前には「軍師」と呼んでいたChatGPTを、今では「佞臣としては優秀だ」と言いながら毎日のように使っている。
どうやら私は、軍師をクビにしただけで、佞臣を追放するつもりはないらしい。

