東海中高365日戦記 2026年7月の記録

この連載は、東海中高に通う息子について、父親である私から見えた範囲を記録するものである。
家庭で見える姿、学校で見せる姿、部活動で見せる姿、友人と過ごす姿。それらは必ずしも同じではない。中学生ともなれば、親が知ることのできる世界は急速に狭くなっていく。
ここに書かれていることは息子の全体像ではなく、家庭という限られた場所から見えた一つの側面に過ぎない。それでも未来の自分と家族のために、月に一度記録を残していこうと思う。

ゲームを取り上げる

息子は、中学受験が終わった2月からゲーム三昧の毎日を送っている。

リビングで遊ぶときはNintendo Switchで「Minecraft」や「大乱闘スマッシュブラザーズ」を、自室ではパソコンで「Bloxd.io」というMinecraftによく似たゲームをやっているらしい。
我が家では、

ゲームやYouTubeは夜9時まで

というルールにしている。

しかし、実際には「あと5分、あと5分」と延びていき、9時半近くまで続けていることも少なくなかった。
多くの東海生がゲーム好きであるらしい。というより、大半の中学生男子がそうなのかもしれない。

私も、ゲームそのものを禁止するつもりはない。
夜9時にゲームをやめ、10時に寝て、翌朝余裕をもって起きられるのであれば、それまでにどれだけゲームをしていても文句を言うつもりはない。そのことは息子にも何度も伝えている。

問題は、約束を破り、生活に支障が出るようになったことである。
息子は、夜中にリビングからSwitchを持ち出して、こっそり遊んでいた。
私が朝、息子の部屋をのぞくと、Switchを抱きかかえたまま眠っている。その姿を何度も発見した。

当然、朝は起きられない。ギリギリの時間に起き、慌てて家を出て、駅まで走っていく。
夜中のSwitchについては、何度も注意してきた。

そこで私は、夜間だけSwitchを見つからない場所へ隠すことにした。
ところが、息子も簡単には諦めない。私が隠した場所を見つけ出し、Switchを持ち出すようになった。

ある朝、息子がまたSwitchを抱きかかえて眠っていた。
しかし、Switchを隠しているはずの場所を見ると、いつものように黒い物体が置かれている。

一瞬、状況が理解できなかった。

では、息子が抱えているSwitchは何なのか。ここに置かれている黒い物体は何なのか。
手に取ってみると、電子辞書だった。

息子は、外見のよく似た電子辞書をダミーとして置き、Switchとすり替えていたのである。
そこまで知恵を働かせるのなら、ほかに使い道があるだろうとも思うが、この話は将来、何度でも息子をからかうための材料になる。忘れないように、ここへ書き残しておく。

結局、パソコンとSwitchを没収し、しばらくゲームを禁止することにした。
ちょうど期末考査前だったので、多少なりとも勉強するようになるかとも思った。
しかし、ゲームができなくなった分、リビングでYouTubeを見る時間が増えただけだった。
ゲームを取り上げたところで、勉強するわけではない。
まあ、そういうものである。

期末考査

ゲームを没収されてから、息子は毎日のように、

「退屈だ、退屈だ」

と言っていた。

期末考査の1週間前なのだから、多少勉強でもすればよいのにと思ったが、私は何も言わずに見守ることにした。
すると、ある日、息子の勉強机に教材らしきものが置かれているのを発見した。
ついに勉強を始めたのかと思ったが、やっていたのは夏休みの宿題だった。しかも、取り組んだのは2日ほどだったようで、その後は教材が開かれたまま、ページが進んだ様子もなかった。

我が家のトイレには、学校の授業中に配られたプリントが貼られている。
妻が息子に、

「自宅学習するつもりがないのは分かったけれど、せめてトイレにプリントでも貼って、5分でいいから眺めたらどうか」

と提案し、息子もそれには従ったらしい。
トイレに貼られているので、当然、私や妻も目にする。
息子の勉強に役立っているかは分からないが、親の教養は少しずつ深まっている。

ただし、一つ問題があった。

プリントの解答欄が、すべて埋まっているわけではないのである。
そこには、

「ローマ帝国において、なぜキリスト教が広まったのか」

という問いが書かれていたが、答えは空欄のままだった。

答えが分からないまま毎日目に入るので、こちらとしては非常に気になる。
私は息子に、

「答えが分からずモヤモヤするから、教えなさい」

と何度も尋ねた。
しかし、歴史が苦手な息子からは、結局答えを教えてもらえなかった。
その後、妻が録画していたEテレの番組を見て、私なりに、

女性や弱者の間から静かに広がりを見せていたところ、コンスタンティヌス帝がキリスト教を公認し、その後、国教化されたから

という答えにたどり着いた。

改めて調べてみると、これだけでは十分ではなく、採点するなら4点中2点ほどだろうか。
私は高校時代に日本史を選択していたため、世界史はほとんど分からない。
息子のプリントをきっかけに、親の方が勉強している。

期末考査後の休みも部活へ

期末考査は7月7日から13日まで、5日間にわたって行われた。
考査終了後の2日間は「自宅学習日」とされ、通常の授業は行われなかった。

最初に聞いたときは、

テストが終わったら学校が休みになるのか。うらやましいな。

と思った。

しかし、息子の部活は朝9時から行われた。
家で一日中だらけて過ごさずに済む。部活は本当にありがたい存在である。
部活では、8月の合宿に向けて基礎トレーニングが進められているようだった。

そして、終業式の前日、息子が私にボソッと言った。

「弓、引けるようになった」

その言い方が、いかにも思春期の中学生らしかった。
おそらく、内心ではとてもうれしかったのだと思う。
ただ、大喜びして報告するのは恥ずかしい。それで、何でもないことのようにボソッと口にしたのだろう。

同時に、私が息子の部活をいつも気にかけていることを知っていて、わざわざ伝えてくれたのだとも思う。
そのことが、父親としてうれしかった。

もしかすると、同級生の中には、息子より早く弓を引ける段階まで進んだ者もいたのかもしれない。
妻のママ友情報によれば、自宅でも基礎トレーニングに取り組んでいる同級生がいるそうである。
一方、息子が自宅でトレーニングをする姿を、私は見たことがない。自宅ではゲーム三昧である。
その差が出た可能性はある。

もっとも、私としては、自宅でもトレーニングをするのもよいし、しないのもよい。
同級生との差をどう受け止め、これからどうするかは、息子自身が考えることなのだろう。
自分で選び、その結果を受け止め、次にどうするかを考える。
そういう経験ができることも、中学時代に部活へ入る意義の一つなのだと思う。

通知表をもらい、夏休みへ

7月17日に終業式が行われ、夏休みに入った。

東海中学校では、一般的な5段階評定の通知表はないようである。考査の点数が書かれた一覧表に「通知表」と記されていた。
中学1年の段階で、科目数は17もある。
国語、数学、社会、理科はそれぞれ2科目、英語は3科目。これに美術、体育、技術・家庭が加わる。そして東海らしく、「宗教」と「書道」もある。

東海へ通う以上、いわゆる主要科目だけでなく、宗教をはじめとした東海ならではの授業にも力を入れてほしいと思っている。
現時点では、そうした科目もおおむね平均点前後を取ってきた。
自宅学習はまったくしていないものの、授業はそれなりにきちんと聴いているのかもしれないと、少し安心した。

では、主要科目はどうだったか。
自宅学習をまったくしていないのだから、推して知るべしである。

幸か不幸か、我が家で決めている「成績不良によるスマートフォン没収」の基準には、まだ達していなかった。
ただし、中間考査のときよりも、没収はかなり近づいてきた。
近づいたというより、目前に迫ったと言った方がよいかもしれない。

夏休みに入ってからは、日曜と祝日を除き、午前中に部活がある。
ゲーム禁止については、

夜9時にはゲームをやめる
10時には就寝する
朝は余裕をもって起きる

という約束を改めて確認し、解除した。
こうして、午前中は部活、午後はゲームという夏休みが始まった。
夏休みの宿題も多少は出ているらしい。
毎日少しずつ進めればよいのにと思うが、今のところ順調に進んでいるのは、ゲームだけのようである。

水練会に参加

東海中学校では、1年生の夏休みに「水練会」という大きな行事がある。

伊勢の二見浦で行われる2泊3日の水泳合宿で、100年以上続く伝統行事だという。
遠泳組は3キロ、距離泳組は1キロを泳ぐ。
しかも、クラスごとに定められた色のふんどしを締め、古式泳法で泳ぐらしい。

学校やOBの話によれば、

「水練会へ参加して、初めて東海生になれる」

ともいわれている。
そして、水練会を経験することで、自分のクラスの「ふんどしの色を語る権利」が得られるらしい。
何とも東海らしい話である。

7月上旬には、水練会に関する保護者説明会が開かれ、妻が参加した。
妻が特に驚いたのは、宿舎での服装だった。

無地の白い肌着を着用する。
Tシャツでもよいが、柄物は不可。ワンポイントが入っているものも不可。

説明会で見せられた写真には、白い肌着を着て、白い日覆いをつけた学生帽をかぶる中学生たちの姿が写っていたという。

妻は、

「昭和というより、戦後の写真を見せられたようだった」

と話していた。
伝統というより、もはやネタの領域である。
ただ、こうした細かなこだわりを大真面目に守り続けることが、独特の「東海生らしさ」を培う土壌になっているのかもしれない。

果たして、息子は2泊3日の水練会を終えて、無事に帰宅した。

帰宅直後、妻が、

「楽しかった?」

と尋ねると、返ってきたのは、

「多分ね……」

という何とも素っ気ない答えだった。
相変わらず、楽しかったとも、疲れたとも、素直には言わない。

もっとも、夕食時にこちらから話を向けてみると、少しずつ水練会の様子を話してくれた。
海では、ときどき50~60センチほどの波が来て、水を飲んでしまったという。

「大変だった」

とのことである。
泳ぐことそのものだけでなく、浜辺も大変だったらしい。
砂があまりにも熱く、

「火傷するかと思った」

と話していた。
日焼け止めは、かなり念入りに塗ったそうである。

宿舎では、1クラスが3部屋に分かれ、1部屋に十数人ずつ泊まった。
部屋から部屋へ行ったり来たりしながら過ごしたことが、かなり楽しかったらしい。
持ち込みを許可されていた将棋も、何度も指したという。

一応、宿舎では勉強時間も設けられていた。
そこで私が、

「勉強したの?」

と聞くと、息子は、

「したよ。右目で将棋を見ながら、左目で教材を見てた」

と答えた。

そんな器用なことができるとは思えない。
私が、

「勉強時間に将棋をしていて、叱られなかったの?」

と尋ねると、監督をしていた先輩からも同じようなことを言われたらしい。
息子は先輩に、

「将棋も勉強です」

と答えた。
すると、それ以上は何も言われなかったという。

どこまで本気で通用したのかは分からないが、東海らしいといえば東海らしいやり取りである。
夜中には、エナジードリンクを飲みながらポテトチップスを食べていた同級生もいたという。
中学1年生なりに、大人の酒盛りのような気分を味わっていたのだろうか。
何とも子どもらしい背伸びで、かわいらしい。

夕食後は時間を持て余したらしく、

「運動部の子たちは、みんな筋トレを始めた」

とのことだった。
大部屋に集まった運動部の中学生たちが、突然そろって筋力トレーニングを始める。少々暑苦しく、かなり楽しそうな光景が目に浮かぶ。

最後に私は、

「水練会で、東海生になれた?」

と聞いてみた。

息子は、

「なれた。いろんな意味で東海生になったと思う」

と答えた。
「いろんな意味」が何を指しているのかは、よく分からない。
ただ、「多分ね」としか言わなかった息子から、これだけ次々と話が出てきたのである。かなり楽しかったのだろう。
同級生と過ごす2泊3日の合宿である。楽しくないはずがない。

普段とは違う、波のある海で泳ぐ。
同じ食事をとり、十数人の大部屋で眠る。
夜には将棋を指し、菓子を食べ、なぜか筋力トレーニングを始める。
かなりカオスな3日間だったに違いない。

2026年7月を振り返って

今月、最もうれしかったのは、息子から聞いた、

「弓、引けるようになった」

という一言だった。

勉強をするかどうかも、部活の自主練習をするかどうかも、最後は息子自身が決めることである。
私が口を出したところで、本人にその気がなければ何も変わらない。

親として細かくコントロールするつもりはない。
それでも、ときどき息子の方から、自分の成長をそっと知らせてくれる。
その一言を聞けただけで、今月は十分だった。