解決策を出さないAIを作ったら、なぜか悩みが軽くなった
解決策を出さないAI
2026年8月、MKは自分自身が抱えていた問題をAIにぶつけていた。
相手は「AI攻略ナビ Version1.0」。MK自身が作った、ChatGPT上で動かすプロンプトソフトである。
ただし、このAIには普通の相談AIとは大きく違うところがあった。
31ページある設計書には、問題そのものを解決したり、詳細な対策を完成させたり、実行まで伴走したりするソフトではない、と明記されている。
AI攻略ナビの仕事は、ユーザーが抱えている問題を整理し、現状を分析し、どの方向から考えるかを探るところまで。
「AIを使わない」「人間がやる」「現状維持」「規模縮小」「撤退」「何もしない」も正式な選択肢として認められている。
さらに、AIが何か答えることよりも、情報や能力が足りない場面では「ここから先は担当できない」と伝えることを優先する。
つまり、このAIから具体的な対策は出てこない。
ずいぶん慎重な設計だが、これには理由があった。
MKはそれまでにも、ChatGPTへ現実の問題を持ち込み、対策を考えさせることを何度も試していた。
そこで気づいたのは、AIは現場の情報が十分に揃っていなくても、それなりに筋の通った対策を作れてしまうということだった。
しかも、出来上がったものは一見かなり合理的に見えるため、人間側も「これは使えるかもしれない」と思ってしまう。
しかし、AIが対策を作れることと、その対策が現実に有効であることは別の話である。
ならば、AIに対策を考えさせるところまで行かなければいい。
そんな発想から作られたAI攻略ナビを、MKは自分自身の問題に使ってみた。残された会話記録は約80ページ。
その記録を追っていくと、具体的な解決策が提示されていないにもかかわらず、開始時には大きかった悩みが、途中からかなり小さくなっていく様子が残されている。
ボツにするためにも、作らなければならない
MKがAI攻略ナビにぶつけたのは、自身のChatGPT利用についての悩みだった。
副業、ブログ制作、AIを使ったソフト開発。頭の中にアイデアが浮かぶと、それをChatGPTへ持ち込み、話を膨らませ、ときには一つのプロンプトソフトとして完成させる。しかし、同時に複数のプロジェクトを進めるため、途中で取っ散らかることもある。完成まで持っていったものについても、投じた時間ほど使い切れていない気がする。
MKは、この状態を「もったいない」と表現した。
AI攻略ナビは、ここで「プロジェクトを減らした方がいい」「優先順位をつけた方がいい」といった対策には進まなかった。
代わりに、MKが何を「もったいない」と感じているのかを聞いていった。
作ったものを十分に使えていないこと。投入した時間が売上や仕事につながっていないこと。
一つのテーマを深められていないこと。成果物がバラバラで、蓄積している感じがしないこと。
MKが「もったいない」と感じていたのは、その全部だった。
さらに質問を続けると、「作ったものを使い切れていない」という悩みとは反対方向の問題まで出てきた。
新しいアイデアを思いついたとき、それを拾わずに放置すれば、時間が経つうちに消えてしまう。それもまた「もったいない」。
では、思いついたアイデアを一行だけメモして、いま進めているものへ戻ればいいのかというと、MKの場合はそれでは済まなかった。
アイデアをある程度まで練り、プロンプト化に近い状態まで持っていかないと、本当に使えるものなのかどうかが分からない。
実際、AIと一緒に企画を具体的な形にしてみたところで、
「ああ、これはボツ企画だったな」
と分かったものも多かった。
ボツにするためにも、作らなければならないのである。
そうなると、「新しいものを作らず、完成したものを使い込む」という単純な対策では片付かない。
作れば、使い切れないものが増える。しかし作らなければ、使えたかもしれないアイデアが消えていく。
MKは、どちらを選んでも「もったいない」が残る状態にいた。
途中、AI攻略ナビは、過去に作ったものや、そこから得た知見を整理しておくという案も出している。
これに対するMKの反応は早かった。
「また『整理するための新しい仕事』が増えるだけな気がする」
作りすぎていることに悩んでいる人間が、過去に作ったものを管理するための新しい仕事まで始めたら、何をしているのか分からない。
少なくとも、MKが求めているものはそれではなかった。
売り払われた9本のドライバー
対話が進むにつれて、もう一つの前提も怪しくなってきた。
そもそも、作ったものを使わなくなったら、それは本当に「無駄」なのだろうか。
ここでMK自身から、ゴルフの話が出てきた。
「本当に役立てたいものだけが厳選されて使い込まれていくのかも。ゴルフのドライバーを頻繁に買い替える人みたいな話?」
10本のドライバーを次々に買い替え、最終的に自分に合う1本が残ったとする。
残り9本はすでに中古ショップへ売り払われ、手元にはない。
その9本に使った金は、すべて無駄だったのだろうか。
最初の1本を買った時点では、それが自分にとって最高の1本なのか分からない。
実際に打ってみて、何か違うと感じ、別の一本を試す。その繰り返しの末にようやく勝負用の一本が決まったのであれば、売り払った9本も最後の一本を選ぶための試行だったと見ることができる。
作ろうとしているプロンプトも、もっと言えば、頭に浮かぶアイデアでさえも同じではないか。
「10個も作ったのに、一つしか使っていない」と考えれば、9個に費やした時間が無駄に見える。
しかし、「10個試した結果、使い続けたい一つが残った」と考えれば、起きたことは同じでも意味が変わる。
この比喩を今回あらためて振り返ったMKは、もう一つのことを考えている。
時間が経つうちに消えてしまうアイデアの中には、そのまま消えていってもよかったものもあるのかもしれない。
頭に浮かんだすべてのアイデアを救い上げなければならない、という前提そのものが怪しくなってくる。
このあたりから、80ページの会話記録でもMKの反応が変わり始める。
AI攻略ナビが、開始時に感じていた「もったいない」という感覚がどう変わったかを尋ねると、MKは、それまでの「もったいない」という感覚はほとんど気にならなくなったという趣旨の回答をし、「色々スッキリしてきた」と続けている。
しかし、この時点でプロンプトは一つも減っていない。過去に使った時間が戻ったわけでもなく、売上が増えたわけでもない。過去の成果物を整理したわけでもなければ、新しいプロジェクト管理法を導入したわけでもない。
現実には、ほとんど何も変わっていなかった。
変わったのは、「使わなくなったもの=無駄」という見方だった。
さらに記録を遡ると、「色々スッキリしてきた」と発言するより少し前から、その変化は始まっていたようにも見える。
最初は「もったいない」という一語に入っていたものが、質問を受けるたびに分かれていった。
完成品を使えていないこと、新しいアイデアを失いたくないこと、アイデアの良し悪しはある程度作らないと分からないこと、整理のために新しい仕事を増やしたくないこと。
全部を解決したわけではない。一つの大きな悩みに見えていたものが、いくつかの別々の問題として見えるようになっていたのである。
問題を解決したから悩みが軽くなったのではなく、問題の形が見えたことで悩みが軽くなったのだとしたら、これは何なのだろう。
頭の中から、いったん外へ
AI攻略ナビを使ったあと、MKは今回の体験について一つの仮説を残している。
人間は、頭の中にある悩みを一覧表にして考えているわけではない。
優先順位、理想と現実、感情、行動、結果といったものが混ざったまま存在しているため、それを外へ出して並べるだけでも何かが変わるのではないか。
認知科学には「認知的オフローディング(Cognitive Offloading)」と呼ばれる研究領域がある。
たとえば、あとで忘れずに何かをしなければならないとき、それをずっと頭の中で覚えておく代わりに、スマートフォンへリマインダーを設定する。
買い物の内容を記憶しておく代わりに、メモへ書く。人間は頭の中だけですべてを保持しているわけではなく、外部の道具や環境に認知的な仕事の一部を任せている。
2016年にRiskoとGilbertが発表したレビューでは、こうした行為が「認知的オフローディング」として整理されている。
ただし、これは今回の記録の一部分しか説明してくれない。
MKは頭の中にあったものを外へ出しただけではなく、出したものに対してAIから質問を返されている。
MKが答えると、AIはその答えを整理したり、別の見方を提示したりする。それを見たMKがさらに考え、ときにはAIの案そのものを却下する。
そこで、もう少し今回の実験に近い研究を探すと、2025年に発表された「ExploreSelf」というシステムに行き着く。
ExploreSelfは、大規模言語モデルを利用して、自分自身が抱えている個人的な悩みや課題を掘り下げるためのAIシステムである。
研究チームは、まず9人のメンタルヘルス分野の専門家にインタビューし、その知見を踏まえてExploreSelfを設計した。
利用者は最初に、自分が抱えている問題を書き込む。
するとAIはいきなり「こうすればいい」と解決策を出すのではなく、その問題を考えるための複数のテーマを提示する。
利用者自身が気になるテーマを選ぶと、さらに関連する質問が現れ、それに答えながら自分の問題を掘り下げていく。
つまり、AIが一本の道へ利用者を連れていくのではない。
どの方向について考えるのかを選ぶのは利用者で、AIは考えるための問いや材料を供給する。
研究では19人が、仕事や人間関係など、自分自身が抱えている個人的な悩みや課題について、30~60分ほどExploreSelfを使用した。
その結果、利用後には「自分自身で考える方向を決めている」という感覚が高まったことが報告されている。
この構造は、AI攻略ナビで行われたMKとAIによる80ページの対話記録とかなり似ている。
どちらも、AIが問題の答えを決めるのではなく、問題をいくつかの方向へ分け、質問を返し、その中からどこを掘り下げるのかを人間側に選ばせている。
MKが「もったいない」と入力すると、AI攻略ナビは「プロジェクトを減らせ」と答えたのではなく、「何をもったいないと思っているのか」を分解して返した。
MKはそこから自分に当てはまるものを選び、さらに答える。「過去の成果を整理する」という案が返ってくれば、「また整理するための新しい仕事が増える」と却下する。
AIが正解を渡し、人間がそれを受け取るのではない。AIが問いや見方を返し、人間が選ぶ。その選択そのものが、次に考える材料になる。
もちろん、ExploreSelfの実験参加者は19人であり、AI攻略ナビそのものを検証した研究でもない。
「解決策を出さないAIの方が、解決策を出すAIより優れている」と結論づけることもできない。
それでも、MKが80ページの対話後に考えた、
「人間はそれを一覧にしておらず、頭の中だけで考えるから悩むのかもしれない」
という疑問と、かなり近い場所を研究している例は存在していた。
ここまでなら、話はきれいに終わる。解決策を出さないAIにも、考えを整理する道具として意味があるのかもしれない。
ところが、80ページの会話記録には続きがあった。
問題は「作った後」から「作る前」へ
「作ったものを十分に使えていないのがもったいない」という最初の悩みがかなり小さくなったあと、別の問題が残った。
それにしても、MKはChatGPTに時間を使いすぎているのではないか。
AI攻略ナビから質問を受けながら考えていたMKは、やがて、「もっと1人で考えよう、という話かも」と答えている。
続けて出てきたのが、「そして初期企画段階での具体性に欠く」という言葉だった。
ここで、問題の場所が大きく動いている。
開始時に問題だと思っていたのは、プロンプトを作った後だった。せっかく完成させたものを使い切れていないから、時間を無駄にしているように感じる。
しかし、対話の終盤でMKが疑い始めたのは、プロンプトを作る前だった。
頭にアイデアが浮かんだとき、まだ「何を作りたいのか」「本当に作る価値があるのか」が十分に固まっていない段階から、ChatGPTへ持ち込んでいるのではないか。
曖昧なアイデアをChatGPTへ持ち込むと、AIは止まらない。
目的を考え、用途を広げ、機能を追加し、名前を付ける。
さらに話を続ければ、仕様書を作り、実際に動かすためのプロンプトを作り、テスト方法まで考えることができる。
人間一人で考えていたら、そのまま消えていたかもしれない思いつきでも、ChatGPTへ持ち込めば短時間で「ちゃんとした企画」の姿になる。
しかし、AIが具体化できたことと、そもそも具体化する価値があったことは同じではない。
実は、この考え方はMKが作った”AI攻略ナビ”の設計書にも入っていた。
「案を生成できることと、その案が現実に有効であることを混同してはならない」。
さらに「AI活用を目的化しない」、つまりAIを使うこと自体を目的にしてはいけない、と定められている。
AIに解決策を考えさせると、もっともらしい対策が先に出来上がってしまう。
その危険を警戒して「解決策を出さないAI」を作ったMKは、自分自身を実験台にした結果、さらに一つ手前にも同じような問題があるのではないかと考え始めていた。
AIにぶつける前に、人間だけで考える時間が足りないのではないか。
もちろん、これもまだ仮説である。
MK自身、AI攻略ナビから「それが原因なのか」と確認されたときには、断定せず「そうっぽい」という程度に留めている。
それでも、80ページ前にあった「プロンプトを作りすぎて、もったいない」という悩みとは、ずいぶん違う場所まで来ていた。
80ページ目に増えたもの
対話の終盤、AI攻略ナビは、ここまでに分解してきた「もったいない」という悩みを踏まえて、今後MKがChatGPTとの付き合い方をどう変えるか、あるいは何も変えずに受け入れるかについて、いくつかの案を提示した。
たとえば、ChatGPTを使う時間そのものを減らす。新しいアイデアをすぐAIへ持ち込まず、まず一人で考える。作ったものをすべて活用しようとせず、「試して選別するためのコストだった」と考える。あるいは、新しいものを作ること自体を楽しんだのであれば、それも成果の一部と考える。
MKは、それらを一つずつ評価していった。
作ること自体を楽しんだものについては、
「楽しんだ段階で8割償却済みw」
と表現している。
経理マンらしい言い方だが、要するに、作ること自体を楽しんだのなら、その時点で8割くらいは元を取っているということである。
開始時にあれほど気になっていた「もったいない」は、かなり違うものになっていた。
一方、最後まで残ったのが、アイデアをどの段階でChatGPTへ持ち込むのかという問題だった。
MKは、頭に浮かんだばかりのアイデアを、まだ十分に具体化しないままChatGPTへ持ち込んでいる可能性を指摘していた。
そこでAI攻略ナビが提示した案の一つが、AIへアイデアを持ち込むタイミングそのものを検証することだった。
たとえば、アイデアが浮かんだ直後からChatGPTを使う場合と、まず人間だけで企画を具体化してからChatGPTを使う場合を比較する。
完成する企画の数や質、ChatGPTに使った時間、途中でボツになる割合などを記録すれば、「AIを使い始める時期」によって何が変わるのかを見ることができる。
それを実際に検証するなら、比較する条件を決め、複数の企画を走らせ、その結果を記録する必要がある。
つまり、80ページの対話を通じて、
「AIへ持ち込む前に、もう少し一人で考えた方がいいのではないか」
というところまで辿り着いたMKの前に、最後になって「AIへいつ持ち込むべきかをAIと一緒に研究する」という新しい企画が現れたことになる。
会話記録には、この案を見たMKの評価も残されている。
「面白そうだけど、またハマって抜けられなくなるやつ」
