退職時期を1年ずらすと税金は変わる?――60歳と61歳で考える
先日、友人からこんな質問を受けました。
「退職時期が60歳と61歳では、税金が変わってくるみたいだけど?」
退職する時期によって手元に残るお金が変わるなら、気になる話です。ただ、60歳と61歳という年齢だけで、退職時の税金の計算ルールが変わるわけではありません。友人の話を聞いて私が考えたのは、「どういう条件で比較した話なのだろう」ということでした。
例えば、60歳から再雇用になって給与が下がる人と、同じ給与で61歳まで働く人では、退職後に支払う税額も違ってきます。会社の退職金や確定拠出年金を、いつ受け取るかによって差が出ることもあります。
ですから、友人の聞いた話にも、何か具体的な前提があったのかもしれません。その前提が分かれば、「なるほど、それなら違いが出ますね」とつながる可能性があります。 元の話がどのようなものだったのかは確認できていませんが、考えられる理由は三つあります。ご自身の退職を考える際にも関係する話なので、それぞれ、どのような場合に違いが出るのかを整理してみます。
① 住民税を払うときの「負担感」が違う
今回、私が最もありそうだと思ったのは、60歳の定年後に再雇用となり、給与が下がるケースです。
例えば、定年前の年収が1,000万円、再雇用後は500万円になるとします。この人が60歳で完全に仕事を辞める場合と、再雇用で1年間働いてから辞める場合では、退職後の住民税の負担が違って感じられる可能性があります。
給与などに対する住民税は、前年1月から12月の所得を基に計算されます。会社員の場合は、原則として、その税額を翌年6月から翌々年5月までの給与から差し引きます。これが「特別徴収」です。現在の給与が下がっても、それに合わせて住民税がすぐ下がるわけではありません。
ここでは時期を分かりやすくするため、60歳になる年の12月末に定年を迎え、その年の給与収入が1,000万円だったとします。再雇用を選べば、翌年1年間の給与収入は500万円になるものとします。
60歳の年末で完全に仕事を辞めた場合、翌年6月からは、給与収入1,000万円に対応する住民税を、既に給与収入がなくなった状態で払うことになります。再就職などをしなければ、通常は自治体から届く納税通知書で自分で納める「普通徴収」になります。
働いている間は給与から差し引かれていたものを、今度は貯蓄などから支払うわけです。仕組みは分かっていても、「収入がなくなったところに、この支払いか」と感じることはあるでしょう。
一方、再雇用で1年間働く場合も、給与収入1,000万円に対応する住民税はかかります。ただ、その支払時期にも給与収入があります。特別徴収を続けられれば、再雇用後の給与から差し引かれることになります。
そして61歳の年末に仕事を辞めた後、翌年6月から課税される住民税は、再雇用中の給与収入500万円に対応するものになります。完全に仕事を辞めた後に届く納税通知書の金額が、現役時代の給与に対応するものより小さくなるわけです。
ただし、61歳の年末に辞めた時点では、1,000万円の給与に対応する住民税の未徴収分が、翌年5月分まで残っています。退職時にまとめて徴収するか、普通徴収に切り替えるかなどの扱いもあるため、「1年働けば、高い住民税をすべて払い終えてから辞められる」ということではありません。
それでも、給与がある間にその税金の多くを払い、完全退職後は低くなった給与に応じた税額へ移っていく場合と、退職直後から貯蓄を取り崩して払う場合では、家計への響き方は違うと思います。
もちろん、再雇用で給与が半減したのに住民税は高いままなら、天引きでも負担を感じるでしょう。大きいのは徴収方法だけでなく、支払いの原資となる給与があることです。
ここで起きているのは、61歳まで働くと、同じ所得にかかる税金が安くなるということではありません。再雇用中の給与には、その給与に応じた税金もかかります。税額の有利不利というより、仕事を辞めた後にどれだけの支払いが残り、それを何から払うかという話です。
実際には年の途中で定年を迎える方も多く、その年の収入には定年前と再雇用後の給与が混ざります。金額や時期は退職月によって変わりますが、こうした経験から「60歳で辞めるのと、1年働いてから辞めるのとでは、税金の負担が全然違う」と感じることは、十分ありそうです。
② 会社の退職金とDCを受け取る年が違う
次に考えられるのは、会社の退職一時金と、確定拠出年金(DC)の一時金を受け取るタイミングです。
DCは、積み立てた資金を運用し、老後に受け取る制度です。ここでは、年金形式で分けて受け取る場合ではなく、一時金としてまとめて受け取る場合を考えます。DCの老齢一時金も、税務上は退職所得として扱われます。
例えば、会社の退職金は60歳の定年時に支給され、DCは制度上選べる範囲で受取時期を決められるとします。このとき、会社の退職金とDCを同じ年に受け取る場合と、会社の退職金は60歳の年、DCは翌年の61歳の年に受け取る場合では、所得税の合計が変わることがあります。
退職金は、原則として給与などとは分けて税金を計算します。通常は、受取額から勤続年数などに応じた「退職所得控除」を差し引き、その残額の2分の1を課税対象とします。
会社の退職金とDC一時金を同じ年に受け取る場合は、原則として両方を合計したうえで、その年の退職所得を計算します。所得税は、課税対象となる所得が大きくなるにつれて高い税率が適用される累進課税なので、会社の退職金だけで既に課税対象額が大きい人は、DCが加わる部分に高い税率がかかることがあります。
受け取る年を分ければ、それぞれの年の課税退職所得に対して税率を適用します。そのため、同じ年にまとめて受け取るよりも、所得税の合計が少なくなる場合があります。
ただし、「年を分ければ退職所得控除を丸々2回使える」ということではありません。
会社の勤務期間とDCの加入期間が重複している場合には、控除額の調整が必要になります。会社の退職金を先に受け取り、その後にDC一時金を受け取る順番では、現行制度上、DC一時金を受け取る年の前年以前19年内に受け取った退職金が調整の対象です。会社の退職金を受け取った翌年にDCを受け取る場合も、この範囲に入ります。
少しややこしいのですが、「同じ期間について控除を重複して使わないようにすること」と、「別々の年の所得に対して税率を適用すること」は、別の話です。控除の調整があっても、課税対象となる所得を別の年に分けることで、累進税率による負担を抑えられる場合はあります。
なお、この税率の効果は所得税についての話です。退職所得に対する住民税も、同じ理由で安くなるという意味ではありません。
また、もともと退職所得控除の範囲内に収まって税金がかからない場合などには、同じ効果はありません。会社の退職金額、DCの受取額、勤務期間と加入期間の重なり方によって、比較結果は変わります。
もう一つ確認したいのは、DCの受取年を分けるために、本当に61歳まで働く必要があるのかという点です。制度上、60歳で仕事を辞めてDCの受け取りだけを翌年以降にできるなら、退職時期と受取時期は分けて考えられます。
今回の話も、その人が再雇用終了時にDCを受け取る予定だったため、本来は「退職金とDCを別の年に受け取ると税額が変わる」という話が、「61歳で辞めると税金が違う」と伝わったのかもしれません。
③ 勤続年数が増えて、退職所得控除が大きくなる
三つ目は、1年長く勤めることで、退職所得控除が増えるケースです。
退職所得控除は、勤続20年以下なら原則として1年につき40万円、20年を超える部分については1年につき70万円増えます。例えば、税務上の勤続年数が38年なら控除額は2,060万円、39年なら2,130万円です。
仮に、どちらの時期に辞めても退職金は2,500万円で、通常の「退職所得控除を差し引いた金額を2分の1にする」計算が適用されるとします。
勤続38年の場合、課税退職所得は次の金額です。
(2,500万円-2,060万円)÷2=220万円
勤続39年の場合は、次の金額になります。
(2,500万円-2,130万円)÷2=185万円
この条件なら、1年長く勤めることで課税対象額が35万円小さくなり、税額も減ります。控除が70万円増えることは、税金そのものが70万円減ることではありません。
ただし、この比較は、退職金の精算時期も60歳から61歳に延び、その1年間が税務上の勤続期間に加わることを前提としています。
会社の制度が「60歳の定年で退職金を支給し、その後は再雇用」であれば、61歳まで働いたからといって、既に受け取った退職金の控除額が後から増えるわけではありません。再雇用期間に対して別の退職金が支給されるなら、その退職金についての計算になります。
また、1年長く勤めたときに、退職金の支給額自体がどう変わるかも確認が必要です。先ほどの例は、控除の効果を示すために退職金額を同じにしています。実際に比較する際は、それぞれの時期に受け取れる金額を使わなければなりません。
税務上の勤続年数は1年未満の端数を切り上げるため、正確な入社日と退職日も関係します。
この仕組みによって60歳と61歳で税額が変わる可能性はあります。ただ、60歳で退職金を一度精算する制度なら当てはまらず、年齢に特有の話でもありません。今回の友人の話については、私は前の二つより可能性が低いと考えています。
自分の場合はどうなるのか、確認してみる
三つのケースを見てみると、同じ「60歳と61歳では税金が違う」という言葉でも、その中身は違います。住民税を払うときの家計の状況が違うのか、退職金を受け取る年が違うのか、勤続年数が増えるのか。それぞれの前提によって、説明も結論も変わります。
友人や同僚が「1年働いてよかった」と話していたら、それはその方の経験として、そのとおりなのだと思います。ただ、給与や会社の制度が違えば、自分にも同じ結果になるとは限りません。
日常の会話で、退職金の支給条件やDCの加入期間まで詳しく説明するのは難しいものです。聞いた側にも、印象に残った結論だけが記憶に残ることはあります。誰かが間違ったというより、話の途中で条件が省略されていることがあるのでしょう。
ですから、気になる話を聞いたら、それをきっかけに「自分の条件でも同じだろうか」と確認しておくと安心です。会社には、退職金がいつ、いくら支給されるのか、再雇用後の給与はどうなるのかを確認できます。DCに加入していれば、受け取れる時期や方法について、運営管理機関などに確認できます。
そのうえで、給与の見込み、退職金とDCの金額、勤続期間や加入期間をそろえて税理士に相談すれば、自分の場合の比較ができます。税額だけでなく、いつ支払うのかも確認できれば、退職後に必要なお金を見通しやすくなるでしょう。
今回の友人の話も、こうした条件が分かれば、「なるほど、その話だったのか」とつながるのかもしれません。
退職を1年延ばすかどうかは、お金に加えて、健康や家族、その後にしたいことにも関わります。「税金が違うらしい」という話は気になりますが、何がどれだけ違うのかを確かめてから、自分にとっての1年を考えたいところです。
※2026年9月時点の制度に基づく一般的な説明です。本文の事例は、各論点を説明するために条件を設定しています。
